一、

 サスケくんと私は、世間一般でいう『彼氏彼女』と定義される関係だ。
お付き合いし始めたのは六ヶ月前、告白はもちろん私の方から。
まさかイエスを貰えるとは思ってなくて、告白した夜はまさかの熱を出してしまった。
合鍵を渡された時は、彼の顔と鍵の間を何度も視線が往復して「壊れた玩具みたいだ」と彼に評された。
上記の事実を並べるとやっぱり『彼氏彼女』という言葉に間違いはないんだと思う。思うんだけど。

 年頃の女子が集まれば自然と話は限られてくる。まずはお互いの近況の確認、それから仕事や人間関係の愚痴。
そして本題はそう、何よりも恋の話だ。今サクラは同期で親友である二人から呆れられているといっても過言ではない表情をされていた。

「私、おかしなこと言った?」
「言ってるわよ!」

 いのはテーブルに身を乗り出して食い入るように対面のサクラを見ている。

「もう半年なのにキスどころか手も繋いでないの?」
「ちょっと声がデカイってば!!」

 いのの大声につられてサクラも思わず声が大きくなってしまう。甘味処の周りの客の視線が自然と集中するのが分かって二人は姿勢と声をひそめた。

「で、でも合鍵貰ったんでしょ?」
「そうそこよ!」

 ヒナタはサクラをフォローするつもりで言ったようだが、いのにかえって追い風を吹かせたようだ、もちろん先ほどよりいのの声は小さいが。

「合鍵を貰ったってことはサスケ君家に泊ってるんでしょ?お互い任務がある時とか同じ時間に家から出れないから使えってことでしょうよ」
「私、サスケくん家に泊まったことなんてないよ?
合鍵を貰ったのだってサスケくんが長期任務に出た時にお家の換気とかする為だし、
お互いお休みの時はサスケくん家でのんびりしてるけど晩ごはん食べたらいつも家まで送ってくれるよ」

 いのとヒナタはさっきよりも口をあんぐりと開けてサクラを見ている。

「何かあんた達ってさぁ、本当に付き合ってるの?
大体サスケ君から好きとかそういうこと言われたことあるの?」

 今度はサクラが固まってしまう番だった。



二、

 同じ頃、アカデミーの一室。サスケ、ナルト、シカマルは、明日からの長期任務の最終打ち合わせを終えて一息ついた頃合いだった。
サスケが木の葉の里に戻って来てからもうすぐ一年が経とうとしている。一年前、サスケが里に戻ることを反対した上層部が少なからずいたことも事実だ。
彼らを黙らせる手っ取り早い方法、を提示したのは他ならぬ五代目火影、綱手だった。
それは規模・報酬の大小に関わらず、誰もやりたがらない仕事をサスケにさせること、それも反対した当人たちが納得するまで、というサスケには不利な条件だった。
サスケはその提示を受け入れ、また彼の監視役として常に帯同することをナルトも快諾し、今この状況にある。
 二人の仕事ぶりから、サスケが里の一員として生きていく決意をしているというのが伝わり、最初は懐疑的だった同期や同僚も、態度が氷解してきている。
シカマルもその内の一人だ。彼は現在作戦統合部の主任として、作戦や任務に必要な情報の伝達をする役割を主に担っている。
一年前は業務を終えるとサスケとは口も利かずに退席していたが、今では雑談を交わすほどの仲に回復していた。

「今回は前回みたいに予定がずれこむことはなさそうだな」
「この前はこのドベが現地で情報収集するのに手こずったからな」
「お前だって初歩的なトラップに引っ掛かってただろ!」

 ナルトとサスケの軽口の応酬は下忍の頃とあまり変わり映えしていない。その様子にシカマルは思わず微笑む。

「この前は二週間もずれこんじまったから、綱手のばあちゃんにえらく叱られちまったしな」
「そういえばサスケ。五代目といえばサクラが今度、医療部の役付きを受けなきゃいけないかもしれないってこの前言ってたけど、どうするか聞いたか?」
「ああそれ、俺も聞いたってばよ!今まで自由にやらせて貰ってた分、受けなきゃいけないんだろうけど、なかなか踏ん切りつかないってだいぶ迷ってる感じだったよな」

 サスケの片眉がわずかにピクリと反応したのをナルトは見逃さなかった。

「まさか知らなかったのか?サクラちゃん、けっこう真剣に悩んでる感じだったけど」

 捨て台詞を吐くように「聞いてねえ」と一言漏らし、立ち上がったサスケにシカマルが言葉を次ぐ。

「サスケ、わりい。今の俺とナルトの発言は忘れてくれ。サクラからしてみたらお前を煩わせたくないって気持ちがあってのことだろうし」

 シカマルの言葉を遮るように扉は閉められ、サスケの足音が遠のいて行った。



三、

 サクラは甘味処で二人と別れたその足で、うちは邸に来て夕食を作っていた。
サスケはまた明日から長期任務だ、スタミナのつくものを食べて貰って少しでも役に立ちたいという気持ちと、それ以上に明日から会えなくなる分少しでも長く一緒にいたいという気持ちの方が大きかった。
 だがその一方で、先ほどのいのの言葉がサクラの頭の中で大きく膨らんだり小さくしぼんだり、を繰り返している。
頭の中の混沌ぶりとは裏腹に、テーブルの上には主菜・副菜と品数が順調に並んで行き、後はお味噌汁の味噌を溶く、というところでサスケが帰って来た。
 サスケの姿を見ると、先ほどまでの不安は影のように潜め、心が弾み思わずサクラの顔がほころぶ。

「お帰りなさい。サスケくん、明日の出発早いって言ってたよね?ちょっと早いと思ったけど、ごはん作らせて貰ってたよ!」

 いつもだったら「手伝う」の一言があるはずだが、いつまで経ってもサスケからの返事が返ってこない。
サクラはいつもと違うサスケの様子に、コンロの火を止め台所の入口に立つサスケへと近づく。

「お前、俺に何か言いたいこととかあるか?」

 何てタイムリーな質問!もしかして彼はさっきの甘味処にいたのか、とサクラの脳裏をよぎったがすぐに有り得ないことだと振り払う。

「言いたいこと?急に言われても特に思い浮かばないけどどうかした?」

 サスケの思いがけない問いかけに不思議だと思いつつも、「何でもない」という彼に流され、いつものように食卓を囲み、
今日いのとヒナタに会ったことなどとりとめのないことをサクラは話し、サスケは相槌を打ちながら出された食事をきれいにたいらげていった。

 食後、食器を洗うと申し出たサスケを、明日は早いからとサクラは断り食器を洗い、コンロ・流しを磨いていく。
サスケの不在時はまず使わないのでいつもより時間をかけ、丁寧に隅々もチェックをする。
一つ気になるのが後ろから感じる彼の視線だ。いつもだったらサスケはリビングに移り翌日の任務の準備をしたり、他の里の情勢の把握や術の研究をしたりしているはずだ。
 だが、今はテーブルから立たず、サクラの後姿をじっと見ている。先ほどの質問といい、今日はやはり変だ。視線にいたたまれなくなり、サクラが振り向いた瞬間、

「今日打ち合わせの後、ナルトとシカマルから、お前から進退のことで相談を受けたって聞いた」

自分の心中にある不安とは違う問いかけでサクラは思わず安堵する。

「あ、なんだ、そのこと。迷ったけど、今まで好きにさせてくれた綱手様にもいい加減恩返ししなきゃな、と思って受けることにしたよ」

 サクラの安堵とは対称的にサスケの表情はあからさまに不機嫌なものに変わった。

「そのこと?お前にとってその程度のことなのか?どうして俺に言わなかった?」
「どうして、って。サスケくん、任務で忙しいし疲れてるだろうから、と思って」

 彼の不機嫌の原因が分からず、サクラの口の運びは自然と重いものになっていく。

「なあ俺達って何なんだ?時間が合えば飯を食って他愛もない話をしてそれで終わりか?
お前の進退はお前自身のことだから正直口をはさむつもりもないが、よっぽどそっちの方が大事で、話さなきゃいけないことなんじゃないのか?」

 サスケの思わぬ一言にサクラの中の平静さが崩れた。

「サスケくんが言う通り、今回の件がすごく重要なことは重々承知している。だからすごく迷ったよ。
でもそれを誰に相談するかを決めるのは私自身だし、今のサスケくんの言い方は、私が任務を軽視しているように少なからず聞こえた」

 語調が強くなっている、とサクラは自覚したが、ダムが決壊したようでもう止められない。しまいには涙も一緒にこぼれ始めてしまう。

「私だって言わせて貰うけど、サスケくんは私のことをどういう風に思ってるの?半年間一緒に過ごして来たけど、サスケくんが考えてることって私全然わかんない!
私はサスケくんが里に帰って来てくれてすごく嬉しいし、私が出来ることなら何だって役に立ちたいと思ってる。本当は誰よりもサスケくんに相談したかったよ!
でもお家の中でまで疲れさせたくないから、私のことで余計な気を遣わせたくなかったから言わなかっただけなの。
サスケくんが好きだからだよ!でも、サスケくんは?サスケくんは私のこと好きでいてくれてるの?」

 サスケのびっくりした様子に、サクラは思わず我に返る。

「ご、ごめんなさい!!今の忘れて!私、明日朝早いからもう帰るね!サスケくんも明日早いから、今日は一人で帰るから!!本当にごめんなさい!」

 サクラはそう矢継ぎ早に告げるのが精一杯で、サスケの表情・挙動を知るのが怖くて、振り返ることも出来ず、逃げるようにうちは邸を後にしていた。



四、

 サクラの部屋のカレンダー、五月三日の日付に赤のペンで大きく丸く囲ってある。今晩、サスケが里に帰って来る予定の日だった。
うちは邸を出た瞬間から今日までずっと、自分の軽はずみな言動をサクラは後悔していた。サスケに対して言ったことは本音だ、だがあんな気持ちを押しつける方法で通じる訳なんてない。
きっとサスケは自分の進歩のなさに呆れてしまってるだろう、最悪嫌気が差してしまったかもしれない。サクラの頭の中でぐるぐるとあの日のことが駆け巡る。
 もしかしたら明日は別れ話になるのかも、と不安が頭をもたげる。今晩はサクラが病院で夜勤だった為、あんなことになる前に、二人で会うと約束した日が明日だった。
明日返さなきゃいけなくなるかも、サスケくんの彼女でいられるのは今日までなのかもしれない。
掌に載っているサスケの家の合鍵を弄っていたサクラだが、よしっと気合いを入れ鍵を握り込むと、いつもより早く家を出た。

 サクラが向かった先はうちは邸だった。今日までしかサスケくんの彼女でいられないのかもしれないなら、今日まではきちんとその役割を果たそう。
疲れて帰って来た彼が、わずらわしい思いをしないで済むように、とサクラはサスケの夕飯を作ることにしたのだ。
最後になるかもしれない、と思うとやはり彼が好きなものを沢山作ろうとして買い込んだ食材は当面を凌げる程の量になっていた。
 サスケが里に帰って来るまでは料理なんて数えるほどしかしたことなくて、正直嫌いだった。
だが、日々食べるものが自分の好きな人の血肉を、健康を作る助けになると知ってからは、サクラは料理が好きになり、好きになれば自然とその腕も上達していった。
 エプロンを身につけながら、頭の中で調理の順番をシミュレートして、「さあ作ろう」と流しの包丁を手にとろうとした時、

「おい、俺は家政婦を雇った覚えはないぞ」
「ひゃあっ」

 聴こえるはずのない声が背後から聞こえ、サクラは思わず悲鳴のような奇声を上げた。

「サ、サスケくん?今晩帰って来るんじゃなかったっけ?」
「早く終わらせて今日の明け方に帰って来た」

 彼がどんな表情をしているか分からなくてサクラは振り向けない。

「ごめんなさい!勝手に上がりこんで起こしちゃったよね?私帰るね!」

 サクラは再会は明日と思って心の構えが出来ておらず、一刻でも早く立ち去りたくてエプロンを外そうとする。

「帰らなくていい。お前に話したいことがある。こっち来て座れ」

 その一言で、体温が一気に下がったのがサクラには分かった。ああ、一日早まってしまった、肩ががくりと落ちてしまう。
サクラはサスケの促されるままにテーブルのサスケの反対側に座った。だがサスケはすぐには話しを切りだそうとせず、時間が経てば経つほど、サクラは息苦しく感じられてきた。
何か言わなきゃいけないのかな、と意を決して頭を上げた時、サスケの口が動き始めた。



五、

「俺は、人間は互いに理解できる、っていう言葉は嫌いだ。赤の他人が一つの同じ目で見てる訳でもないし、同じ耳で聞いてる訳でもない。
まして立ってる位置も、心が入ってる容れ物も全く同じ訳でもないから、本当の意味での理解なんてどんなに長く過ごした奴でも出来ないと思っている。
下忍の時から今でもその気持ちは変わってねえ。だからかもしれないが、俺は自分の感情を表に出すのは正直苦手だ。
特に好意のあるなしとか、愛だとか、今までの自分からはあまりにもかけ離れててよく分からないっていうのも本音だ。
だがお前やナルトが必死に追いかけてきて、沢山の感情をぶつけてくれて、理解は出来なくても共感は出来る、他の奴の感情に寄り添えるかもしれない、と最近やっと思えるようになった」

 サスケの表情は穏やかで、ゆっくりと話すそのスピードは、言葉を選びながら話しているように感じられて、先ほどとは打って変わりサクラはまっすぐと彼を見据えることが出来た。

「俺は他の奴の感情は理解できないのが当たり前だと分かっていながら、口に出さないと寄り添おうにも寄り添えない、って言うことにお前に言われるまで全く気付けてなかった。
そのことでお前を不安にさせてしまったり、余計な気を遣わせてしまったことは申し訳なく思ってる」

 サクラはサスケのその言葉に反応して口を開こうとしたが、サスケの手がまだ話すな、と制する。

「いいか、一度しか言わないからよく聞けよ。うちの合鍵を持っているのはお前一人だ、他の誰も持っていない。
お前以外に渡そうなんてこれから先もこれっぽっちも思わねえ。お前に家事をしてほしいから渡した訳でもない。
俺がいようがいまいが、お前が好きな時に入っていいし、家の中を自由にしていいと思えたから渡した。
言ってる意味分かるよな?」

 サクラは、まっすぐな彼の思いにこくこくとうなずくことしか出来ない。

「それと、お前が俺に好きって言う時、俺もお前と同じだと、心の中で返して来た」
「ん?どういう意味?」
「一度しか言わないって言ったよな!」

 サクラに表情が見えないようにサスケはそっぽを向いて言う。その耳が赤く染まっているのをサクラは見逃さなかった。

「それは、サスケくんも私のことを好きでいてくれてるってこと?」

 何て自意識過剰な発言なんだろう、でも今しか言えない台詞だ。でも、こうやって自分が彼の優位に立つ日が来るなんてまさか夢にも思わなかった。

「だから一度しか言わないって言った」

 まるで小さな子供のように目の前の彼は同じフレーズを繰り返す。その可愛らしさに、サクラの中でちょっとした悪戯心が芽生える。

「じゃあ言わなくてもいいから、今から私の言うことが、サスケくんの言いたいことならうなずいてね。
サスケくんも私のことを好き、好き、大好きってこと?」

 彼の耳が更に紅く染まったのを見てサクラはにんまりと笑う。もうこうなったら普段の彼の姿勢なんてどこ吹く風だ。

「お前おちょくってんのか?」
「本気だよ。だからお願い、うなずいて」

 サスケの首がゆっくりと縦に振られる。瞬間、サクラの両の瞳から音もなく雫がこぼれだした。


 サスケはこんなにもうなずくのを恥ずかしく感じる日が来るとは思ってもいなかった。相対するサクラがどんな反応を示しているのかは自分がそっぽを向いているから見えない。
だが何も言ってこない彼女を不思議に思い見やると、両手で目を覆って静かに泣いていた。
「サクラ」と名前を呼んでも顔を上げようとしない。
「だめ、泣き顔見せたくない」と、彼女の方が子供の時分にかえる。

 サスケはサクラに気取られないように近づいて、自分の顔を近づけキスをした。

「さ、サスケくん!?」
「さっきの仕返し。これだけで済むと思うなよ」

 サスケの片方の口角がにやりと上がり、今度はサクラの方が真っ赤になる番だった。





Twitter上の素敵企画、エアサスサクプチオンリー(@airssskpuchi)第一弾に投稿させていただいた作品でした。
主催者である雨野しずく様、柴犬様、参加させていただき、本当にありがとうございました。

初出 20140503
改訂 20150223

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