「お前たちって味気ないねー」

 それはお昼の休憩中に担当上忍であるはたけカカシからかけられた思いがけない言葉だった。
下忍の3人は何を言われているのか分からなくてぽかんと口を開けたり、怪訝そうな顔をしたりしてカカシを見上げる。

「弁当だよ、弁当。お前らいっつもそれぞれで用意してんだもん。
たまには3人で持ち寄ったりしたら?楽しいよ」

 ナルトとサクラは顔を見合わせて「楽しそう」とはしゃぎ始めたが、サスケは面倒だと言わんばかりに口をへの字に曲げた。

「明日の任務も今日の美化作業の続きでしょ?
午前中で終わるだろうから俺の秘密の場所に連れて行ってあげる。
そこでみんなで弁当食べようよ」
「俺は帰って修行する。3人でやれ」

 きっぱりと断ったサスケに対し他の2人は非難の声を上げる。

「え~、サスケ帰っちゃうの?せっかく新しい修行もしようと思ってたのに。
しょうがないね~、まあ2人が強くなったらサスケも楽になって助かるからいいね」

 サスケは大人げない上忍の笑顔を苦々しげに睨み上げて舌打ちをひとつして言った。

「俺も行く」

 カカシの勝利にナルトとサクラは諸手を上げて祝福した。
祝福を受けた上忍は3人それぞれに持ち寄るものを任せる。
女の子のサクラにはおかずを、いつもスーパーで弁当を買って来てまともな料理をしていないナルトには4人分のお茶を、そしてサスケにはおにぎりを任せた。
一番楽な役回りであるにも関わらず、ナルトがすかさず「え~、先生は?」と投げかけたのをサスケは心の中で「よく言った」と称賛の声を上げた。

「ん~、ビニールシート」

 3人が肩を落としたのは言うまでもなかった。



 手を洗って久しぶりに出した大きなざるへと米櫃から米を移す。
4人分って何合炊けばいいんだ、とサスケは一瞬考えたが、面倒になってとりあえず1升分の米を入れてから蛇口を捻った。

 米を研ぐのは幼いサスケの家族の中での仕事だった。
晩ご飯の後、家族の食器を洗い終えた母が台所からサスケを呼ぶ。
呼ばれたサスケは流しの前に踏み台を置き、ざるの中の米を力いっぱい研ぐ。
母は食器を拭いたり生ごみを処分したりしながら嬉しそうにサスケを見ていた。
「終わったよ」と声を掛けるとニコニコと頭を優しく撫でてくれた。

 1升分の米の重みが幼い頃の温かなひと時を思い出させ、炊飯釜に米を用意するとサスケは思い出から逃げるように早々に台所を後にした。



 公園の美化作業が終わると、カカシは3人をある山の麓にまで連れて来た。

「先生の秘密の場所ってこの山なの?」
「修行って何するんだ?」
「俺ってばもう我慢できないくらいに腹減ってんだってばよ」

 同時に声を上げた3人にカカシは厚みのある黒い細長い布を渡した。

「はい、じゃあそれで目隠ししてね。ずるしちゃ駄目だよ。
俺が先頭を歩くからそれに付いて来てね、簡単でしょ?」
「これが修行なの?」

 拍子抜けするほど簡単に感じられてナルトは思わず落胆の声を上げた。サスケも隣で肩を落とす。

「目隠しの状況って何が考えられる?サクラ」
「暗夜とか視界の利かない場所、かな」
「そ。忍は隠密行動が基本だからそういった場所での行動ってすごく多くなるんだよ。
潜入した先が真っ暗でうまく動けなかったら捕まるか最悪殺されることもあるかもしれない。
今からやるのはすごく簡単。
一列で山道を歩いて行くけど、距離を空けないようにしつつも決して前後の奴には触れないようにする。
お互いが少しずつ出すチャクラと聴覚や触覚、それだけを頼りに山を登るんだ」
「足踏み外して崖下に落ちちゃったりしないわよね?」

 ナルトとサスケは簡単だとぶうぶう文句を垂れてたが、情報分析能力が一番高いサクラの一言にピタリと文句を止める。

「大丈夫だよ、今日は初級編だから。
まあ山道だからこけたり枝に引っかけたりぐらいが関の山でしょ。
弁当がぐちゃぐちゃになったら困るから荷物は俺が持つよ。
じゃあ行きますか」

 3人が目隠しをしたのを確認してからカカシは歩き始めた。



「もういいよ~、目隠し取って」

 カカシの快活な声が頭上からしたが、肩で息をするぐらいに3人は消耗しきっていてしばらく動けずにいた。
視界が制限された上で山道を登ることがこんなにも難しいことだとは思ってもいなかった。
前を歩く人間との距離感がうまく掴めない。ぶつかってこけて男の子2人が喧嘩になって進まない。
どういった道を歩かされているのか分からない。
急で一段一段の感覚が違う階段なのか、緩やかな上り坂なのか、周りに自分を傷つけるような枝や岩がないか、見えないから足をどのように動かせばいいのか分からなかった。
だが、うまく動けるかは別にして、3人は少しずつコツを掴み、前を歩く人間のチャクラの場所や足音だったりから判断できるようになったがそれは集中力のいる大変なピクニックだった。

「ほら、早くしないと夕暮れの時間になるよ」

 カカシの声に急かされて目隠しをとると濃いピンク色が4人の周囲をぐるりと囲んでいた。
満開の山桜が作り出したその光景は3人の疲労感を吹き飛ばし、息をするのも忘れるほど見事なものだった。

「すごいでしょ。俺の先生に教えて貰った場所なんだよ」

 カカシは3人のちょっと先を見て少し寂しげに笑うと、懐から出した年代物の救急パックをナルトに放った。
擦り傷などを治療しろ、ということだろう。

「こんなところあるなんて知らなかった」

 サクラは頭を上げたまま立ち上がるとくるりとその場で一周する。

「ちょうど満開で良かったね。治療が終わったら弁当にしますか」

 広げられたビニールシートにはカカシとサクラが、3人が用意したものを綺麗に並べて置き始めていた。
二段重ねの朱の重箱と一段の黒の重箱、4人分の取り皿と割り箸、ペットボトルのお茶。
 朱塗りの蓋が開かれるとナルトは興奮のあまりビニールシートの上で飛び跳ねた。

「うわー、すんごくうまそうだってばよ!」

 上段は定番の唐揚げやタコさんなどに形作られたウインナー、卵焼きが綺麗に整列している。
荷物はカカシに任せて正解だったとサクラは胸を撫で下ろした。
下段には牛蒡と人参の肉巻きや、あられ切りにされた色とりどりの野菜が混ぜられたポテトサラダ、人参のグラッセなど、
野菜がふんだんに使われた料理がカラフルに入っている。

「俺ってば野菜は要らないんだってばよ」

 下段を見て少し落胆した様子のナルトにサクラは拳骨を落とす。

「野菜嫌いのあんたのために、お母さんと一生懸命考えたんだから残したら承知しないわよ!」

 サクラの言葉を聞いて、ナルトはお腹の真ん中から末端にかけて温かくなっていくのが分かった。
誰かが自分のためにご飯を作ってくれる、それはナルトが初めて体験する出来事だった。
 自分の拳骨の下でにこにこと笑うナルトにサクラは「変なの」と言い捨ててカカシの手伝いに戻る。


「いただきまーす」

 ビニールシートの上に治療を終えたサスケがやって来て少し遅い昼食は始まった。
ナルトはおしぼりで手を綺麗にするのもそこそこに両手に唐揚げを持って頬張っている。
 黒の漆塗りの重箱には同じ大きさの三角おにぎりが海苔を巻かれて綺麗に入っていた。

「サスケくん、おにぎり作るの上手だね。いただきます」

 サクラは両手を合わせると、まずはおにぎりを一口頬張る。
なかなか口の中のお米が減らずにもぐもぐと噛み続ける。
不思議そうな顔をして口に残った最後のお米を飲み込んだ。

「サスケくんのおにぎりってなかなか減らないね!どうしてかな?」

 また一口、口に含んで顎を上下に動かしながら考えてると、サクラははっと目を見開いて嬉しそうにサスケを見て言った。

「分かった!きっとうちのより、しっかり握りこんであるから、お米の量がたくさんなんだわ!」

「楽しいね」と笑いかけるサクラの笑顔を見て、サスケは、たまにはこんなことも悪くないか、と乾いた喉を潤した。



 ふと目を開くと、広がる空の大半が濃紺に染まっており、少し目線を動かすと濃い橙色のお日様が今にも里の向こうへと消えようとしていた。
 お腹が満たされた後、ビニールシートの上に寝転がったのは覚えていたが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
身体を起こすと里の家々に灯りがぽつぽつと点り始めているのが見える。
サクラは自分の家を探して、窓から漏れる灯りを確認すると、両親の笑顔が浮かんで何だか嬉しくなった。

 大きく伸びをして辺りを見回すと、カカシ、ナルト、サスケと一定の距離を空けて座り、同じように里を眺めていた。
その背中はみんな同じようにサクラに訴えかけていて、頬には気づかぬ間に涙が伝い始める。

 みんなはあの灯りを見て何を思うんだろう、誰を思っているんだろう。
私は何て幸せなんだろう。
私は孤独の意味なんて知らない、でもきっと孤独の一部を私は今見ているんだ。

 サクラは流れた涙を拭うといつもよりも意識して口角をきゅっと引き上げて3人に向かって叫ぶ。

「サスケくーん、ナルトー、カカシせんせーい!」

 3人ともびっくりした顔をしてサクラの方へと振り向く。



「また、来年も、ここで、お花見しようねー」


3人の優しい笑顔を、私はきっと、わすれない。




濃紺橙色
初出 20140815

inserted by FC2 system