今日はナルトとヒナタの結婚式でした。

 紋付羽織袴を着たナルトは、普段着慣れない和装のせいかそれとも緊張のせいか終始そわそわしていて思わず苦笑してしまいました。

 白無垢姿のヒナタはとても綺麗で清浄で思わず息を吞むほどの美しさでしたが、その美しさにはきっと一番大好きな人の隣に立てた喜びが裏付けにあったのだろうと思います。
一番大切な人に愛されているという自信は女をこんなにも綺麗にするんだと、ヒナタの眩しい笑顔を見て実感しました。


 そんな2人の晴れ姿を見られて私は心底嬉しくて嬉しくて、そして誰よりも一番一緒に祝いたかったあなたのことを思い出して少しだけ切なくなりました。



祝福の日




「いくら4月に入ったとはいえ夜はまだ肌寒いわねぇ」

 サクラの隣を歩くいのが寒そうに肩を竦ませると、前を歩いていたサイが振り返って水色のストールを差し出した。
結婚式、立食形式の披露パーティー、そして更には同期達の飲み会と全てを制覇してから帰途に着いたので外はすっかり闇に包まれている。
「ありがと」とストールを受け取るいのと渡すサイの間には何の不自然もなくて、その少しの遣り取りだけで2人が過ごして来た時間の長さや濃密さを窺い知ることが出来る。
 引き出物が入った大きな紙袋をサクラは持っていたが、いのはサイにいつの間にか持たせていた。
本当にこの2人は付き合ってるんだなあとサクラは間の抜けた自分の感想に思わず苦笑してしまう。
 恋人達の空間をこっそり覗いているような感覚に陥り、気恥しさを打ち消したくてサクラは口を開いた。

「ナルトとヒナタのスピード婚にも驚いたけど、あんた達がいつの間にか付き合い始めてたのにもビックリしたわよ」

 サクラが少し拗ねたような仕草で隣のいのを睨むと、いのはちょっとだけ悲しそうに眉をひそませた。

「だって、あんたが淋しい思いしてんのに言えるわけないじゃないの」
「そりゃ淋しいわよ」
「だから」
「もう、そうじゃないってば!」

 サクラはいのの手を握ってにっこり微笑むとぶんぶんと振り回す。

「水臭いから淋しいって言ってんのよ!私達親友じゃないの?」

 にっこりと笑いかけるサクラにつられていのの表情も柔和にほころぶ。
手を繋いだままスキップまでし始めた2人の楽しげな様子に前を歩くサイの口角も自然と上がっていた。


 別れ際、いのは立ち止まり真剣な眼差しでサクラに問いかけた。

「ねえ、サクラ。あんたいつまでサスケ君を待つつもりなの?」
「ずっとよ」

 特に気にする風でもなくサクラはさらりと答える。
サイは少し離れた場所から2人の様子を見守っている。

「ずっとってもう3年も経ったわよ。来年も再来年も、もしかしたらもう二度と帰って来ないかもしれないじゃない」
「帰って来るわよ。また今度って約束したもの」

 尚も心配そうに自分を見るいのにサクラは満面の笑みでぎゅうっと抱き付いた。

「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから」

 ぱっと体を離すと、サクラは右腕を高く上げて大きく振りながらバイバイとあっという間にその場から去って行った。
立ち尽くすいのの隣にサイが並ぶ。

「さっきの笑顔は嘘だよね」

 サイの言葉に虚を突かれて瞳を見開いたいのだが次の瞬間には笑顔を浮かべ、先ほど自分がサクラにされたようにサイを抱き締める。

「私、だからあんたのこと好きよ。
あの子が誰かのために嘘つく時の笑顔を見抜いてくれたんだもの。
サスケ君、早く帰って来ればいいのに」
「そうだね、そうすればサクラの淋しさはなくなるだろうね」

 いのはサイの胸に埋めていた顔を上げる。
そこには不敵な笑みがあった。

「違うわよ。サスケ君が帰って来たら今までサクラに淋しい思いさせた分、私が代わりにぶん殴ってやるのよ」
「いのもサクラもすぐに暴力に頼る癖はどうにかした方がいいと思うけど。婚期逃しちゃうよ」
「そうね、あんたも美人な彼女を逃しちゃうと思うわよ」

 腰の辺りが痛みを訴えるほど、廻された腕に力を込められ、サイはまたこうして一つ使ってはいけない言葉を学習した。



 鼻歌交じりに夜道を歩く。
大きな月に誘われて、サクラはふと思い立ってある場所へと足を向けた。
 彼女の白い指先には赤い花があり、がくの部分を摘んでクルクルと回しながら香りを楽しんでいる。
パーティーがお開きになろうとしていた時にヒナタが自分の頭を飾っていたのをサクラに渡してきたものだった。

「今度はサクラさんの番だよ」

 ヒナタは意図せずに『今度』という言葉を使ったんだろうけどと、その言葉に過敏に反応してしまう自分がサクラは嫌になっていた。
彼に別れ際に言われたあの台詞を思い出してしまう。
 サクラが辿り着いたそこは、里の入り口、サスケと二度別れた場所、まさしく『また今度な』と言われた場所だ。
 最初はその言葉が嬉しくて堪らなかったのに、日が経つにつれて淋しさの存在が胸の中で大きく育っている。
人間って欲張りだ。サスケくんは過去の憎しみと訣別し、まっすぐ未来を見る為に旅に出たのに。
きっとその未来は里で生きていくということも含まれているに違いないと信じているけれど、もしかしたらそうならないかもしれない。
 半年前、ヒナタをずっと励ましていたのは本当にナルトにはヒナタ以上に相応しい女の子はいないと思っていたからだけど、でもあれは自分自身をも鼓舞していたんだろうと近頃のサクラは考えるようになっていた。
 冷たい風が吹いて思わずくしゃみが出たのと同時に昼間の新郎新婦の様子、先ほどのいのとサイの様子が思い起こされる。
くしゃみをした瞬間に落としてしまった花を拾って立ち上がったが、サクラの視界は自身の足元に留まったままだ。
腕組みするように自身の身体を軽く抱き締めると、サクラの胸の奥に閉じ込められていた本音がポロリと零れ落ちた。

「ヒナタといのはいいなぁ」
「何がいいんだ?」

 視界を上げると、ずっとずっとサクラが待ち焦がれていた姿がそこにはあった。

「サスケくん!」

 傍に走り寄ると最後に別れた時よりもその整った顔を見上げる形になり、サスケの背がまた伸びたのだとサクラは気づく。
ベージュのマントや衣服はボロボロで、3年前よりも輪郭がシャープになったのは成長だけが原因ではないはずだと、彼の旅の行程の過酷さを思い知らされる。
 無事の姿を見れてほっとしたのも束の間、胸中では嬉しさよりも怒りの方が沸々とこみ上げて来てサクラは思わず叫んでいた。

「バカ!何でもっと早く帰って来なかったのよ!?
ナルトとヒナタの結婚式が今日だってカカシ先生からの鳥で知ってたでしょ!
カカシ先生だって今日は遅刻しなかったのに」

 サスケが言葉を濁らすのを見てサクラの怒りは更に増長する。

「自分が祝福するのに相応しくないって思ってたら大間違いだよ!
ナルト、今日一日みんなにばれないように辺りを時々見回してたの。
サスケくんをずっと待ってたんだよ、探してたんだよ」

 パーティーの合間合間、ほんの一瞬だけ見せた寂しそうなナルトの表情を思い出して、サクラの瞳からはぽろぽろと涙が零れ始めた。
今日は幸せな気持ちのままでお布団に入れたはずなのに、サスケくんに久しぶりに会えて嬉しいはずなのに、どうして今の自分は怒った挙句に泣いてしまってるんだろう。

「遅くなって悪かった」
「謝る相手間違ってる!」

 あんなにナルトにもヒナタにも自分の気持ちを大事にしろ、素直になれと訴えてきたのに今の自分はどうだ。
混乱した自分が嫌になって叫んだ一言は八つ当たり以外の何物でもない。
実行できないくせに人には簡単に言い放っていた自分が嫌になる。
 サクラは今度は悲しくなってサスケの顔を見ることが出来なくなり俯いて両掌で顔を覆ってしまった。

「間違ってない」


 俯いたサクラの頭上にそっと温かな感触が落ちてきた。
最初は触れるか触れないか、それがしっかりと質感を持った確かな感触になる。
優しく前後に揺れるその感触が自分の頭を撫でているサスケの掌なんだとサクラは気づいた。

「サクラ、今まで待たせて悪かった。
今度こそ一緒に行こう。
お前に見せたいものが沢山あるんだ」

 サスケの声音は静かだが優しくサクラの鼓膜を震わせて響く。


サスケくん サスケくん サスケくん


 こんなにも名前を呼びたいのにしゃくり上げるほど泣いてしまってるせいで上手く喉から声が出ない。


「サクラ、返事は?」


 うん、と言うことすらできなくて必死に肯くことしか出来ない。
こんなにも嬉しいのに、こんなにも愛おしいのに。
私の気持ち伝わってるかな、とサクラは不安になる。



「サクラ、ありがとう」

 サクラの頭を優しく撫でていたサスケの掌がサクラの肩に移動し、彼女の身体を優しく自身の方へと引き寄せた。



「ザ ラスト」鑑賞後に勢いのまま書き上げた作品です。
あんなにも人の幸せを願えるサクラちゃんを好きになって本当に良かった!
早くサスケに迎えに来て欲しいですね(; ;)

初出 20141207
改訂 20150422

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