こんなに脈がせわしくなく乱れているのは廊下を全速力で走ったからじゃない。
女子トイレ洗面所の小さな鏡に映る自分の顔は真っ赤に染まっていて早く熱を鎮めたくて思いきり蛇口をひねった。



あなたがわたしにくれたもの



 サスケくんは必要最低限のことしか医療忍者にも医師・看護師にもさせようとしないことを看護記録から知っていた。
綱手様が『自分は罪人だから一番後回しでいいとでも思っているんだろうな』と仰っていたけど、私もそう思う。
 困っているサスケくんを見てしまったら声を出さずにはいられない。
彼は生来ひどくまじめな人で、そんな思いを私といる時にまで感じて欲しくなかったから
食事や着替えの時に顔を見に行くのは絶対に避けていた。
 あざやかな黄色が眩しい水仙を、サスケくんはちらりと一瞥してまたすぐに目を伏せた。
今さっき私が部屋に持ち込んだものだ。
窓から見える景色はさびしいだろうから、と会いに行く口実を作らないと私はこの病室のドアをノックすることすらできない。
 木の葉隠れの里に戻って来たサスケくんはとても静かだ。
もともと多弁ではないけれど、私が知っている昔のサスケくんのそれとは違う。不穏なそれとも違う。
 少し視線を外して振り返ると幻のようにいなくなってしまっているんじゃないか。
そう思ってしまうほど訊かれた質問に静かに応え、静かに外を眺め、静かに呼吸をして日々を過ごしている。
 だから私はこうして毎日花を持って彼の元を訪れる。
毎日行く勇気はあるけれどサスケくんを前にすると沈黙が怖くて、彼にとって有益でもなんでもないことを取り留めもなくしゃべってしまう。
 ふっ、と軽く息が零れる音が聞こえる。
笑ってくれた。そう認識できてから私はその日初めて彼の顔を見ることが出来るのだ。


 だから今日の私の視線も自然と下がっていて、腰の辺りで留められていた包帯が外れてしまっているのに気がついた。
「やるよ?包帯」と思わず口に出してしまったけれど、言葉が口から零れ落ちた瞬間にすでに私は後悔していた。

「お前は他に診る患者がいるだろ。オレの事はいい」

 ああ、やってしまった。気を付けていたのに。彼の顔を凝視したまま頭の中だけはせわしなく動き回る。
転じたサスケくんの表情からも居心地の悪さが窺い知れた。

「いいよ、このくらいやるよ」

 お互いが発する気まずい空気を追い払いたくて1トーン明るい声で腕を伸ばす。
医療忍者の習慣は私が考えている以上に私の細胞にくまなくしみこんでいるようだ。
それは誇らしいことであったけれど、今この瞬間だけは少しなりをひそめていて欲しかった。
 呼吸に合わせて上下する胸板や包帯越しに感じる体温、ほのかに湧き立つ彼の匂い。
それらが目の前にいるサスケくんを現実のものたらしめている。
良かった、今日も会えて。
 隣の病室のナルトに深く感謝しながら、今度はほどけてしまわないよう結び目を固く結わえた。

「ハイ出来た!」

 名残惜しく感じつつもサスケくんから離れようとしたその時、私の腕はサスケくんのそれに捉まえられていた。

「な、なに……?」

 包帯をきつく留めすぎてしまったのかな。
まっすぐに私を覘きこんでくる漆黒と薄紫の瞳はとっさに頭の中で浮かんだそれを否定している。
骨ばったその手を振りほどけずになすがまま、顔だけが紅潮していくのが分かる。
 とても長い時間のように感じた彼からの突然の接触は、やはり突然前触れもなく握られた手をはずされて終わった。
 ごく自然に思われるようにふるまいつつも、まさしく脱兎という言葉を体現したような素早さで私は病室を後にした。


 全速力で走り抜ける病院の廊下はキラキラと眩しくて、すれ違う看護師さんから飛んで来る怒りの声も心地よい響きへと変えてくれる。
飛び込んだ職員用の女子トイレで私はようやく大きな深呼吸をしてリズミカルに跳ねる鼓動を落ち着かせた。
そうして落ち着いて初めて、さっき握られたところをまじまじと見つめる。
やばい。顔じゅうの筋肉がだらしなくふやけていっているのが鏡を見なくても分かる。

「洗いたくないよぉ」

 こぼれた声が予想以上に情けなくてしあわせそうで、私は思わず声を出して笑ってしまった。



今回大変光栄なことに、柴犬さんと合作をさせていただく機会をいただきました!
柴犬さんがサスケ視点で描いてくださったサスサク漫画をサクラ視点で書かせていただく、という大変におんぶにだっこな企画でありつつも。、
柴犬さんが描かれた約2か月後にようやくアップ、という体たらくぶり......本当に申し訳ないです。
何よりも難しかったのが素晴らしい世界観や描かれた関係性を損なってしまわないようにと注意を払ったのですが技量が追い付かず......
本当に反省ばかりです。
今年は部署移動の関係で仕事が思いのほか忙しくなかなか作品を書いたり妄想できないでおりますが、
サスケ誕のネタだけはしっかりとあるので、お盆休みにでも皆様に再びお会いできるように頑張りたいと思います。

最後に柴犬様、素晴らしい機会を与えてくださって本当にありがとうございます。
そして大幅に遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。

20160804


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