「おい、この胸見ろよ。やっぱこれぐらいあった方がいいよな」


 待機所の扉を開けようとしたその時、キバのにやけた一言が聞こえて来て、私は思わず入り口で立ち止まってしまった。
あんたは鼻の下を伸ばし切ってる中年親父か!と心の中で盛大に突っ込む。
何で男ってこういう話し好きなんだろう。
いや、女だってしない訳じゃないけども、もうちょっと時と場所を選んで欲しい。


 気を取り直して、開きかけてた扉を再度押そうとしたが、


「そりゃある方がいいに決まってんだろう」


その一言で私は動けなくなってしまった。


 キバの連れの声はこの2年の間で一番私の耳によく馴染むようになった声で、後頭部を鉄柱か何かでがつんと殴られたような衝撃が走る。
 サスケくんもやっぱりそうなんだ…!
意図せず視線は下へ下へと下がり、私の緑色に塗った爪先が視界に映り込む。
 豊満なお胸をお持ちの方(=ヒナタ)は自分の爪先が見えないとのことらしいけど、私は生涯で一片たりともそんなありがたい光景を拝んだことはない。


 ため息を大きく一つついた瞬間、ある考えが稲光のように私の脳内を走り抜けた。
 お付き合い2年目、同棲半年目なのに夜が淡白なのってやっぱり私の体(特に胸)に魅力がないから…?
 ウエストのくびれ、なだらかな丸みのある胸やお尻、女性らしいラインがどれだけ魅惑的か、そんなこと分かってる。
師匠の胸の谷間は柔らかさを湛えていて女の私でも触りたくなるし、いのの出るとこは出てるくせにきゅっと引き締まったウエストや手首足首は会う度に思わずため息が零れるほどだ。
 叶うことなら私も欲しかった、というか今でも欲しいよ。
グッと本音を飲み込むのと、待機所の扉の把手を離して駆け出したのは同時だった。
 気がついたら、綱手様からのお遣いの書類を届けるのを忘れたまま私は火影の執務室へと戻って大声で泣いていた。



 買い込んできたブツをビニール袋から取り出して冷蔵庫に次々と詰め込んでいく。

「おかえり。昨日スーパー行って来たばかりだってのにまた買い込んできたのか?」
「あ、うん。ちょっと買い忘れてたのがあって」

 無造作にバスタオルでガシガシと髪の毛を拭いているサスケくんが不思議そうにこちらを見ている。

「水」
「お水?」
「飲みたいんだが」

 彼の台詞で冷蔵庫の前に立ち尽くしていたのに気づいて横に避けた。

「わわ、ごめんなさい!」

 横に避けたものの、サスケくんの挙動が気になってしょうがないから視線はどうしても彼を追いかけてしまう。
さっき冷蔵庫に入れた大量のものを見たら何て思うんだろう。
 よく冷えたミネラルウォーターを流し込んでる喉元や、お風呂上がりで上気した肌は艶めかしくて見惚れてしまう。
きっとこれから先、いくら眺めても飽きる日が来ることはないと思う。

「豆乳、飲みたかったのか?」
「え、う、うん!」

 サスケくんに見惚れてた事実と、冷蔵庫に大量に収めた豆乳に興味を持たれてしまって返事が裏返る。
サスケくんの私を見る目つきが明らかに不審のそれに変わった。

「お前、何か隠してるだろう?」
「か、隠してなんかないよ」

 努めて平静を装おうとしてるけど、語尾は小さくなるしサスケくんと目線を合わせることも出来なくて、どんどんドツボに嵌まり込んでいってるのが自分でもよく分かる。

「ん?」

 サスケくんの片方の口角を上げた意地悪だけど瞳は優しい笑い顔に、私はあっという間に陥落してしまった。



「胸を大きくしたかったぁ?」

 あんまりにも深刻な顔して冷蔵庫に豆乳を入れてるサクラを問い質すと、あんまりにも突拍子な返事が返って来た。
眉間を中央に寄せたままの彼女の顔と、その悩みの源であろう彼女の胸とを交互に見比べる。
こういうことになった場合、その原因は大抵俺にあるのだと分かって来たのはこの頃のことだ。
それは決して自惚れではないと自信を持って言える。
 これ以上サクラの機嫌を損ねないように慎重に言葉を選ぼうとするが、その明るい翠色の瞳にはいつの間にか涙が浮かんでいて、彼女が深刻に悩んでいるのだと、サクラには申し訳ないが嬉しくなる。

「何で泣いてんだよ?」
「だって…だって、今日キバと待機所で話してたの聞いちゃったんだもん!」

 彼女、という間柄の人間に一番聞いて欲しくないことを聞かれてしまっていて俺は思わず固まってしまった。

「いや、それは…違う」

 何と答えていいものか分からずについ語尾を濁してしまう。
サクラにはどうしても知られたくないこと、話したくないことをどうにかうまく伏せて説明できないかと頭の中をSランク任務以上にフル稼働させようとするが、フリーズしたままの脳味噌は動いてくれそうにない。
 いつもとあからさまに違う煮え切らない俺の態度に彼女の瞳がちょっとだけ強気になる。

「違うって何が?私一言一句覚えてるよ?
『そりゃある方がいいに決まってんだろう』って!
私だって好きでこんなちっちゃい胸になったんじゃないもん。
なのに、なのにぃ」

 ぽろぽろと両眼から丸いしずくが零れ出て来て、その様を俺に見られたくないらしくサクラは顔を背ける。
小さく震える肩は一生懸命俺に向き合おうとしている証拠で、胸の中に愛おしさがこみ上げて来る。
そんなサクラに嫌われるかもしれないが俺は意を決して正直に打ち明けることにした。

「1人でやる時は視覚情報が沢山あった方が正直助かるんだよ」

 サクラはこちらに顔を向けて暫く考え込むと、真っ赤に顔を染め上げて、俺の発言の意味が分かったことを知らせた。

「サ、サスケくんも、そ、その、1人でするんだね…
で、でもそれってやっぱりサスケくんの好み、ってことだよね?」

 もじもじと上目遣いで俺を見上げて言う台詞はやっぱり予想通りのものだった。

「1人でするのと、2人でするのは、全然違う…
1人で、するのは…その、生理的欲求からで…2人ですると、こころが満たされる」

 ああもうどうとでもなれと普段は言わない、いや言えないことが俺の口から言葉として上っていくことが俺自身信じられない。

「2人でするのは、お前じゃなきゃ駄目だ」
「サ、サ、サスケくーん」

 サクラが泣きながら俺の胸に飛び込んできて、ああ良かったと彼女の髪の毛を撫でながら、自身の胸も撫で下ろす。
ふとあることを思いついて胸の中のサクラに声をかける。

「なあサクラ、胸をデカくする方法って食べ物も大事だけどな」

 きょとんと無邪気な顔をしたその耳元に唇を寄せて続きを呟く。
桜色の彼女は今度は耳まで真っ赤にして俺の首にその柔らかな腕を回して来た。



「夕べはお盛んだったみたいだねえ。
昨日はあんなに肩を落として帰ってたのに、今朝のあの子の肌艶ときたら!」

 五代目火影は執務室の専用の椅子にどっかりと腰を据え、その地位にらしからぬ顔をしてニヤニヤと見てくる。

「サクラに色々と吹き込むの止めてくれませんかねぇ、ほかげさま!」

 このバB(自主規制)…!と心の中で毒づきながら、厭味ったらしくその地位を殊更に強調して呼んでやった。

「待機所でそんな話しをしてるお前らが悪いんだろうが。
他のくのいちにも聞かれなくて良かったなあ、あっという間に広まってセクハラだなんだと騒がれて任務にも支障をきたすよ」

 カラカラと嗤う目の前の女に当分このことでいじられるだろう、と俺は目眩を覚えて盛大な溜め息をついた。
帰ったらサクラに何でもかんでも師匠に仔細に相談するなときつく言い聞かせなければいけない。





 今日は豆乳の日でした~!
大豆イソフラボンはお肌も綺麗にしてくれるらしいので気が向いた時に飲むようにしております。

 最後までご覧くださって心より感謝しております。
今回もエアサスサクプチオンリー(@airssskpuchi) 第2弾の参加作品でした。
主催者の雨野しずく様、柴犬様誠にありがとうございました!


初出 20141012
改訂 20150301

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