「隠密行動の時は身分が特定されるものを持ち歩いちゃいけないって言われてんだけど、
どうしてもお前に見せたくってさ。感謝しろよな!」


金髪の男が胸ポケットから大事そうに取り出した一枚の写真を渡して来た。
 写真には見慣れた景色、アカデミーの校庭の隅にある藤棚を背景にして2人の男と1人の女が映っている。

面布で顔を隠した男は自分が知っている当時と驚くほどなんら変わりがない。
眠そうな顔をして手には相変わらず彼の愛読書がある。

真ん中の男は今自分に写真を手渡した男だ。写っている三人の中で一番背丈が大きい。
 幼さが残った顔立ちに精悍さが加わり、その瞳の中の光の変わらなさに思わず目を細める。


ただ1人の女は変わっていた。腰まである長い髪が風に軽く流されている。写真はモノクロで色は付いていない。
しかし、何故だかその肌の白さが他の白い部分よりも抜きんでて白く見え、眼が離せなかった。
肌の白さだけではない、かつて見たことのない妖艶な表情。笑っているのか泣いているのか、自分には分からない。

自分の喉が大きく動いて嚥下したのが鮮明に感じられた。





それは夢のようにうつくしいしずかな朝






 サクラが2日ぶりの狭い我が家に帰ったのは未明だった。
一人暮らしを始めた5年前は寝具、がら空きの本棚、テーブル、それと最低限の日用品だけだったが今ではモノで雑然としている。
明かりを灯し、ストーブに火を点ける。
 ソファに深く腰を降ろすと、カサカサの唇から自然と大きな溜息が零れた。部屋も自身も冷たく冷え切っている。早く温めないと。
 忙しい毎日。忍の任務に病院勤務、そして姉弟子との共同研究。
くたくたに帰ってきて、泥のように眠る。
 休みの日は一日、夢も見られないぐらい深く深く眠らなければいけない。途中で目が覚めてはいけない。
 途端に空虚に襲われるから。夢と現を彷徨い、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 ようやく部屋が暖まってきた頃、コツコツと窓ガラスを叩く音がした。反射的に身体が動き、窓ガラスを開ける。
白い小鳥が部屋の中に飛び込んでくる。病院からの知らせだ。
さっき非番になったばかり、サクラの担当患者の中で急変に陥るような状況の人はいないのに何故また召集がかかるのか。
疑問に感じつつも、着の身着のまま上着だけを羽織り部屋を飛び出した。



「ナルト!」

 ストレッチャーに載せられていたのは自分のよく知っている男だ。非番の自分が呼ばれたのは、知己の男が運ばれたからだった。

「状態は?」
「意識レベルD!右腕、左大腿部の傷からおそらく神経性の毒が入っている模様です!
傷は深部まで達しているようで、出血性ショックも出ています」
「生食500、B型血液もあるだけ用意して。それと傷口からサンプルを採って早く毒の特定をして」

 今や里随一の忍と呼ばれ上忍として活躍しているナルト。ナルトが実力をつけて行く様をサクラは里の誰よりも一番強く肌で感じてきた。
 いつもその背中を追いかけるので精一杯、いつの間にかその背中は遥か彼方にある。
その彼が重篤で運ばれてきた。その事態に一抹の不安を覚えながらも、サクラはナルトが乗ったストレッチャーを処置室へと押して行った。



 明け方、つきっきりで看ていたナルトの状態がようやく落ち着き、サクラは大きな伸びをしながら、処置室から出る。
廊下には朝の清々しい空気が満ちている。その眩しさに思わず目を細めた。

 もう大丈夫。後は勤務の医師に任せて帰ろう。
緊張から弛緩。疲れが身体中から噴き出す感覚にとらわれ、ずるりと壁にもたれかかる。
だらしないと思いつつも、まだ患者の起床時間前だ。
 そのままカルテを抱えて今までの症状、経過、留意点を書き込む。


「サクラ」

 名を呼ばれ顔を上げたそこには、常なら穏やかな姉弟子の険しい表情があった。

どくん

 心臓が大きく跳ねた。

「シズネ先生、何があったんですか」
「処置後で疲れているだろうけど、綱手様が呼んでいるわ。このまま執務室まで一緒に来て」

 夜に襲ってきた不安がより大きくなって、自分の足下の影から這ってきたようだとサクラは感じた。






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