待機所で忍術書を読んでいると書面に影が差して傍に人が立ったのを知らされる。
サスケは目線を上げることもなくその影に向かって口を開いた。

「お前、その寝坊癖をどうにかしないと昇進に響くぞ」
「いやー昨日は楽しかったよな。お陰で酒が進んで止まらなかったってばよ」

 ナルトは悪びれもせずにサスケの隣に腰かけた。
当日の任務が入ってない忍は、いつ召集をかけられてもいいように大抵は待機所で日がな一日過ごすことがほとんどだ。
木の葉隠れの忍として復帰したサスケも例には漏れず他の忍と同じようにして過ごしている。
上層部たちは自宅謹慎と言う名でサスケを隔離しようとしたが、腫れ物のように特別扱いすることを綱手は許さなかった。
 サスケが初めて待機所に顔を出した時は、喧騒に包まれていた室内が一転、水を打ったような静けさに変わった。
サスケの一挙手一投足にその場にいた忍の視線が集まる。
それは決して温情のあるものではなく、好奇や侮蔑、非難の表れだった。
他の人間から向けられるその視線を甘んじて受けろと綱手は言っているのだとサスケは理解していた。
日を追うにつれ集まる視線の数は減り、静けさもなくなったがサスケに話しかける者は誰一人としていなかった。
ナルトや同期達を除いては。
 隣に座ったナルトと言葉を交わすこともなく忍術書を読み終え本を閉じる。
そのまま本の背表紙をじっと見つめたまま口を開いた。

「お前は、知っていたんだな」

 ナルトは当初何を言っているか分からないとばかりにサスケの横顔を眺めていたが、
何を意図した発言かを理解したようで立ち上がり「ここは人が多いから」とサスケに外に出るように促した。





それは夢のようにうつくしいしずかな朝





「俺が知らされたのはエロ仙人と一緒に里に戻る前の日だった」

 野外修練場では今年アカデミーに入学したであろう未来の忍たちが組手のルールを教師から教わっている。
教師の発言、動きの一つでも見逃すまいと一生懸命に視線が追いかけているのが頭の動きで分かる。
生徒たちは自分の実力を、同期達の中で自分の強さの位置づけを確認できる一番手っ取り早い方法が組手なのだと知っている。
だから優秀な生徒も不真面目な態度の者も組手の授業はみな楽しみにしているのだ。
子供たちの瞳は曇りなく輝いており、未来は明るいものだと当然のように信じているその輝きがサスケには眩しかった。
そう思っても仕方ない、あの子供たちは忍の現実をまだ何も知らないのだから。
 過去のサスケも、ナルトもあの中にいたのだ。そして、サクラも。

 ナルトがサスケにブラックの缶コーヒーを渡して隣に座る。
かつてあの子供たちと同じように明るい瞳でまっすぐにサスケを見つめて来た少年も、
今では自分と同じように眩しそうに眼を細めて子供たちを眺める青年に変容しており、
その様子はサスケの胸の中に驚きと感嘆をもたらした。

 サスケの視線に気づいたナルトは、少し苦しそうな顔をして笑うとコーヒーを一口流し込んで話し出した。

「俺の修行で里を離れている間、エロ仙人と綱手のばあちゃんは手紙で各里の情勢や戦力分布とかお互いの状況を教えあってた。
サクラちゃんのことは事件があった時にすぐに知らされていたけど、俺に知らせるか、知らせるにしてもいつにするかは
全てエロ仙人に任せるって綱手のばあちゃんは書いてたらしい。
正直聞かされた時から頭ん中ぐちゃぐちゃで訳分かんなかったし何をしていいかも分からなかったけど、
でもとにかく俺はサクラちゃんに会いたかった。だから戻ってすぐに会いに行ったってばよ」

 ナルトは缶の飲み口の奥にある真黒な空間を眺めている。
発すべき言葉を探しているのか、話すこと自体を迷っているのか、それとも思い出したくないのか。
サスケには分からなかったが、ナルトの次の言葉をただひたすらに待った。

 子供たちから歓声が上がった。教師2人が手本を見せ始めたのだ。
無邪気な歓声に囲まれた教師たちは誇らしげに見える。
この演武の延長上に命の奪い合いがあることをあの子供たちのどれだけが理解しているのか。
 ナルトはその光景から目を逸らしてサスケの顔をじっと見る。

「サクラちゃんを見つけた時俺はぞっとした。
あんまりにも華奢で匂いがあって“優秀な”くのいちになってしまったんだって怖くなった。
でも俺に気付いたサクラちゃんは下忍の頃と同じ顔で笑いかけてくれたんだ。
俺馬鹿だからさ、昔と変わってないじゃんって最初は嬉しかった。
辛い目に遭ったのにそれを乗り越えたんだ、さすがサクラちゃんって思った。
けどさ暫くしたら気づいたんだ。
明るく振舞うことで、サクラちゃんは目に見えない柔らかな膜を張ってるんだって。
誰も自分に触るなって拒絶してるんだって思った。
きっと、今もずっと、ひとりで戦っているんだ」

 ナルトの声がかすかに震えている。


「サクラちゃんが苦しみから解放されるんなら今すぐにでもぶっ殺しに行きたい」

 ナルトの静かな怒りがいつもよりも低い声音となってサスケの鼓膜を震わせた。
この男は本気なのだ。純粋な殺意がナルトの身体から冷たい熱として発されていた。

「サクラは、自分の身を守る為に男を殺したと言っていた」
「もう一人いるんだってばよ、そいつは結局捕まらず終いのまま今もどっかでのうのうと生きてやがる」

 嫌悪を込めた言葉を吐き捨てると、ナルトは手にしていた缶の存在を思い出したようで、
一気に飲み干して少し離れたゴミ箱に放ると立ち上がった。

「俺は結局サクラちゃんに何にも聞けないまんまだし、サクラちゃんも俺には何にも言ってくれてない。
どういう気持ちでサクラちゃんがお前に話したかは分からないけどさ」


「やっぱりお前じゃないと駄目なんだって俺は思うんだってばよ」






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