「これよりお前たちには紺鉄の村に向かって貰う」

 火影の執務室では、ナルト、サスケ、サクラの3人が火影の執務机の前に横一列に並んで立っている。

「紺鉄の村?」

 そうだ、と綱手が頷くと横に控えていたシズネが説明を引き継いだ。

「ナルト君とサスケ君は初めて聞く名前だと思いますが、火の国と隣国の国境沿いにある小さな村です。
その村の近辺でしか採れない鉱物、朱砂を採りに行って貰うのが今回の任務です。
朱砂は薬品として精製して使うのですが精製前の状態は大変不安定で、その取扱いに慣れた医療忍者であるサクラを向かわせます」
「2人を同行させる目的は何ですか?」

 サクラはシズネではなく机の向こう側にいた綱手をまっすぐに見据えて問いかける。

「今までこの任務に関してはシズネ先輩と私の2人でしてきました。
今回シズネ先輩が同行されないのは先輩の研究が佳境に入っていて里を離れられないからだというのは分かります。
なぜ他の医療忍者とではなく、この3人なんでしょうか?」
「不服そうだね」
「いえ、そういう訳では…」

 綱手の一言でサクラは少し目線を下げたが、綱手はそんな愛弟子の様子には意も介さずに続ける。

「まあ不測の事態を考えると2人以上の医療忍者で行くのが理想だろうね。
だが実際そういった事態には今まで一度たりとも陥ってない。
前々回、前回の運搬役は始終お前がやったそうだが特に問題はなかったとシズネから報告は受けている」

 綱手は軽く一呼吸置いて、向かいに立つ3人の顔をナルトから順番に眺めた。

「今後小規模な作戦時にはまたこの7班で行動してもらうことになる。
パワーバランスを調整したり考えられる色々な編成を試したが特殊な状況でない限り、
何よりも下忍時代の班編成が一番チームワークを発揮してる場合がほとんどだからね。
今回の任務は朱砂の運搬と言うよりも、今後のことを考えて連携を確認しておいてもらいたいっていうのが本音だよ」

「わかりました」

 静かに、だがはっきりとした音で返事をしたので、執務室にいた全員の視線が驚きのそれをもってサスケに集中した。

「7班きっての一番の分からず屋がいい返事をしたんだからもうこれ以上説明する必要はないね。
今回のリーダーは春野サクラ特別上忍に任せる、以上だ。
気を付けて行っておいで」

 綱手は満足気ににっこりと口角を上げた。






それは夢のようにうつくしいしずかな朝






「あー春野先生だ!」

 店先で呼び込みをしていた丁稚風の姿をした少年がサクラの顔を見るなり走って近づき腕を引いて宿へと引き込んだ。
驚いて思わず身構えた男2人に「毎回お世話になってる宿なの」と腕を引かれたサクラは嬉しそうに説明した。
 3人は旅籠の上がり框に腰かけて、桶に張られた湯に足を沈めて道中の汚れを落とす。
湯の温かさに思わず安堵の息が零れた。

「今日はここに泊まって明朝、紺鉄へと向かうわ」

 部屋の用意が出来るまでの間ここで待つよう宿の女主人に言われたので3人は背負っていた荷を下ろす。
先ほどの少年、マツと言うらしい、が3人の横に茶が入った湯呑を置くとまた外へと飛び出して行った。
往来を行き交う旅人の間をちょこまかと走り回り一生懸命客引きをする様子は見ていて気持ちの良い働きぶりだ。

「なあなあ、紺鉄の村ってどんなとこだってばよ?」
「本当に朱砂以外何も産業になるようなものがない山奥の村よ。
朱砂は村の裏手にある鉱山から掘り出されるんだけど、精製前の状態で外気に触れさせると途端に変性して使い物にならなくなるの」
「空気に晒してはいけないものをどうやって掘り出すんだ?」
「以前は防毒マスクを使って坑道の中で精製までした上でそれを麓の集落や街にまで売りに行ってたみたいよ。
ただ長年、長時間の作業のせいで身体には徐々に鉱毒が蓄積して全身の倦怠感、黄疸や発熱、吐き気と村の人は悩まされていたわ。
村へ続く道は崖を切り崩して作ってるから精製する施設を作るだけの材料を搬入することもできない」
「リスクの方が大きすぎるのに何で村を捨てねーんだろうな」
「朱砂の精製体は少量でもすごく高値で取引される、ということもあるんだけど…」

 サクラはサスケの横顔をチラリと窺い、言い淀む。

「生まれ育った土地を捨てることができないんだろう」

 サスケからの思わぬ返しにナルトは満面の笑みを浮かべてサスケの肩をガシリと組む。

「そうだよな~、だからお前も戻って来てくれたんだよな!」
「くっつくな、暑苦しい」

 以前よりも柔和になったサスケの態度はきっとナルトのおかげなんだろうとサクラは2人の絆のようなものを感じた。

「サスケくんが言った通り、代々守ってきた土地を自分たちの代で捨てるのが出来ないっていうのが本音みたいね。
五代目のお役目に就かれる前から村と取引をしていた綱手様は精製する前の段階での運搬方法を考案したの」
「綱手のばあちゃんは何だかんだ言って優しいもんな!」

 ナルトは諸手を上げて綱手を讃えたが、サスケはニヤリと笑ってサクラに問いかける。

「それだけじゃないだろう」
「サスケくんは相変わらず鋭いね、ナルトはもうちょっと考えられるようにならないと。
考案した運搬方法を導入すれば村人は危険な作業をしなくて済むようになるわ。
その代わりに、今までの取引よりも額面を抑えるのと、木の葉が朱砂を独占することを村に約束させた」
「かー、そういうことか」

 ナルトが体を震わせて怖がった身振りでおどけていると、何かが崩れる大きな音がして地面が軽く揺れた。
上がる叫び声と同時に先ほどの丁稚の少年が駆け込んでくる。

「春野先生助けて!
ミヨが材木の下敷きになって動けなくなってる!」


 怒号が飛び交う人だかりを掻き分けると、割れるような泣き声を上げる幼い少女の上に二十本ほどの材木が積み重なっていた。
材木から出ている少女の上半身を若い男2人が強引に引き抜こうとしている。

「待って!怪我や材木の状況が分からないのよ!
無理に引き抜いたら更に崩れるかもしれない!」

 サクラが制止する横をすり抜け、ナルトとサスケは地面に横たわり状況を観察する。

「あーうまい具合に挟まってる感じだ。そっちはどうだってばよ?」
「こっちからも無理に曲がってる状況には見えないし、急を要する出血もなさそうだ。
慎重に材木をどかして行った方がいいみたいだぞ」

 サクラは2人の言葉に頷いて少女に術を施し始める。
空いた左手で柔らかい髪の毛を優しく撫でつけ不安にさせないよう声をかける。

「怖かったね。これからみんなで少しずつ木をどかしていくからね。
終わるまで痛くないようにしてるから安心してね」

 ナルトとサスケは周りの男たちに指示を与えながら材木をどかしていく。
10分ほど緊張状態は続いたが積み重なった材木は崩れることもなくすべて少女の上から取り除かれた。
 少女の身体を動かす前に一通り確認し、動かして良いと判断したサクラは旅籠に少女を運び込んだ。



「実戦はまだしてねえから分からないけどさ、俺らってそれぞれの役割を充分理解してると思うんだけど」

 ナルトとサスケの目の前には豪勢な料理が所狭しと並べられている。
少女を救った英雄たちに、と小さな宿場町の住人達は近くの山々で採れた山菜や猪肉、清流の川魚などを大量に宿に持ち込んだのだ。

「おい、まだ摘むな」

 ナルトが天ぷらを手に取ろうとしているのをサスケが横目で制すのと同時にサクラが現れた。

「うわ~、こんなに豪華なの初めて」

 サクラは声を弾ませて2人と座卓を挟んで向かい合わせに座る。

「ミヨちゃん、もう大丈夫なのか?」
「うん、打撲と擦過傷はあったんだけど、骨折どころかヒビとかは全くなくて奇跡と言っても過言じゃないわね」

 お腹空いた、とサクラは先ほどナルトが狙っていた天ぷらを摘んで口へと放り込む。
それを見た男2人も待ってましたとばかりに食事を始めた。

 並べられた料理があらかた片付くのと同時に、見計らったかのように旅籠の女将が現れて熱燗と猪口を3つ置く。
サスケが、自分が先ほど座卓の上に置いたものを見ているのに気づいたサクラは自慢げに2人に見せびらかした。
それは押し花にされた濃い山桜があしらわれた和紙の栞だった。

「いいでしょ~、ミヨちゃんにもらったの」
「そのミヨちゃんなんだけどさ、何であんなところにいたんだってばよ?」
「行商人がね、珍しい玩具とかビー玉とかを並べてたみたい。
綺麗なビー玉を買ったオマケにこの栞をもらったみたいなんだけど、立ち上がったところにあの材木が倒れてきたんだって」
「でもそんな奴、あの時いなかったけどな」
「あんな事故になったんだもの、怖くなって逃げたんじゃない?」
「サクラちゃん、酒は?」

 ナルトが燗瓶を持って注ぐ仕草をしながらサクラに注ぎ口を向ける。

「私は明日の任務があるから止めとく。
2人は朝がきちんと起きれるのなら多少の深酒してもいいわよ」

 両掌を合わせてごちそうさまの仕草をしてサクラは自分の部屋へと戻って行った。




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