防毒マスクを剥ぎ取ったサクラが頭を軽く振って大きく息を吐き出した。

「サクラちゃん、早かったな。もう終わったの?」
「うん、掘り出す作業は村の人にやってもらってるから、私は取ってきただけ」

 ナルトとサスケは洞窟には入らず待機するよう言われていたのでサクラが出て来たのを確認して近寄る。
 坑道から出て来たサクラは入る前と変わらず、特に何かを持っているようには見受けられない。
きっと携帯しているウエストポーチに収納しているのだろう。

「帰りはどこにも寄らないでそのまま里に帰るわ」

 金の入った袋を村長に渡し、3人は紺鉄の村を後にした。





それは夢のようにうつくしいしずかな朝






 紺鉄の村から里に帰る場合、火影の顔岩を視認出来て森へと入るので一旦里の風景は見えなくなる。
3人はちょうど森に入る直前に顔岩の向こうに夕日が沈むのを見届けた。
夜の森は大型の獣ですら息を潜めて朝を待つので響くのは葉が風に揺れる音だけだ。
月が出ているため灯火は点けずに3人は歩いている。

 ふと道の少し先に人影がひとつ見えた。
先を行くでもなく、こちらに向かってくる訳でもなく、ただぽつんと立っている。
3人は歩みを止めた。
 影は外套を頭からすっぽりと被っていて顔は月のせいで影が濃く見えない。
体格から男であることしか分からない。


「五代目火影の二番弟子、春野サクラ特別上忍とお見受けする。ある方の治療の為に今から我々と同行してほしい」

 瞬間、ナルトとサスケは得物に手をかけて互いに目配せをする。
男の目的は何だ?何故サクラの名を、姿を知っている?

「里外で勝手に任務をお受けすることは服務規定に反します。
ご希望でしたら正式に木の葉隠れの里へ依頼を出していただけますか?」

 サクラはにこやかに、だがはっきりと拒絶の意思表示をした。
男の外套から右腕が差し延べられて、3人はいよいよ臨戦態勢へと身体を構える。
かちゃかちゃと金属同士がぶつかる音、月の光を受けて男の手首の辺りで乱雑に銀色の光が散る。
たくさんの識別票がブレスレットに通されていた。
 今まで手にかけて来た犠牲者のものを奪い取ってきたのだろう。
男の悪趣味な装飾にサスケは嫌悪を覚えた。

「今ここで断るのなら無理にでも付いて来て貰うまでだ」


 男が一歩を踏み込んだ瞬間、サスケが煙玉を投げ煙幕を張る。
煙の中からそれぞれが男を躱して散り散りに飛び出して行く。
 男はその中の一つの背中を追いかけた、そこに迷いは一切見られない。
追いかけられてきたナルトは舌打ちをして敵に相対するようにクナイを持って身構えた。
男のクナイとナルトのクナイが合わさろうとしたまさにその時、男に向かってサスケとサクラが飛び出してくる。
男は飛び出して来た2人を見てニヤリと笑うと木立の中にその姿を退けた。
静寂、どうやらまたすぐに第2波を与えるつもりはないらしい。
 3人は互いに目配せをしてまた夜の森を走り出した。



 しばらく進み、ナルトとサクラがそれぞれ解の印を結ぶと、ボンッと鈍い音がしてナルトはサクラに、サクラはナルトの姿に変わる。

「ナルトに化けたサクラを迷わずに追いかけたことからどうやら敵はチャクラの識別感知の能力がありそうだな」
「そうみたいね」
「どうするってばよ?あいつは殺すか、それとも生け捕りにした方がいいか?」
「あの男の目的が分からないことには極力殺したくはないわね。
本当に誰かの治療をさせる為なのか、それとも別の目的、か」

 サクラの語尾が僅かに掠れたので、ナルトとサスケはサクラに視線を転じた。顔色が悪い。

「大丈夫か?」
「大丈夫よ、チャクラのコントロールが難しいだけ」

 男2人が疑問をその表情に浮かべたので、サクラは上着の裾を捲り上げて白い腹部を外気に晒した。


 晒されたそこは僅かに、だがあり得ないほどきれいな真円形に隆起している。

「精製前の朱砂は外気に触れさせないだけでなく、その温度を一定に保たないと特性を保てないの。
その温度が人間の深部体温とたまたま同じだったからこうして運ぶ方法を綱手様は思いついたのよ。
医療忍者なら自身のチャクラコントロールで深部体温を一定に保てる。
だから医療忍者でないとこの運搬方法が出来ない」

 上着を整えるとサクラは一息ついて続けた。

「さっきの口ぶりからして敵が複数いることは確かね。
あいつは単なる接触役、トカゲの尻尾切りっていう可能性も捨てきれないし、できれば一網打尽にしたい。
それに私達の最優先事項は朱砂を里へ持ち帰ること。
ここまでは2人ともOK?」

 ナルトとサスケはしっかりと頷く。

「男の目的が、私個人なのか、火影の内弟子という立場にある私なのか、それともまったく別の何かなのか。
とりあえずは私が捕まるのが一番起こってはならない最悪のパターン。
チャクラで位置を特定されてしまうのならチャクラは一旦切りましょう。
私だけじゃない、ナルトもサスケくんもよ。
ここからは3人別々に行動しましょう」

 サクラの提案に2人は目を見開く。

「どういうことだってばよ?
別々に行動した方が却ってサクラちゃんが危ないだろ!」
「2人には囮役をやってもらうわ。
私は2人のどちらかと行動を共にしていると敵に思わせたい」
「だが俺たちと敵が接触を繰り返していてどちらにもお前がいないとなると敵も気づくと思うがな」
「目的が私だということを私達自身が認識しているのを敵は知ってるわ。
それなら尚のこと、リスクの高い私の別行動なんて敵も考えもしないでしょう。
2人に断続的にチャクラを入り切りして貰うことで私達3人が何かしらの合図をして集合離散を繰り返していると敵は考えるわ。
何度も接触を重ねれば敵も気づくでしょうけど、幸いにもここから里まではもう1時間もかからない。
2人に敵を引きつけて貰って、私が里の増援を呼んで戻って来るには十分な時間だと思うけど」

 合理的な考えだ、だがリスクも高い。
2人は承服しかねるといった表情でサクラをじっと見据えていたが、「代案が出ないようならもう行くわね」とまずはサクラが、
それに遅れてナルトとサスケがそれぞれ森の闇深くへと消えていった。



「今回の化かしあいは俺の勝ちだな」

 ナルトとサスケがほぼ同時刻に森の出口に到着した時、外套の男がそこにいた。
2人は瞬時にそれぞれの得物に手を伸ばそうとしたが、男の些細な動きが2人を制止させる。
男のすぐ前にはサクラが立っており、その細い首にクナイを突きつけられていたからだ。

「どうやってサクラちゃんを捕まえたんだ?」

 男は口元を歪ませると、サクラのウエストポーチから1枚の紙片を取り出す。

「それは…」

旅籠で材木の下敷きから助け出した少女からサクラが貰っていた栞だった。

「蟲の匂いを付けてるんだ。貰いものをすぐに捨てるような冷たい女じゃなくて助かったよ」
「その為にあんな事故を起こしたの?」

 男の下卑た嗤いにサクラは怒りで身を震わせる。

「お前の目的は何だ?」

 サスケは静かだが凄みを利かせた低音で男に尋ねる。
男の目線がサクラの首元からサスケへと移った。

「火影所蔵の秘薬は数多あるが、その中でも深緋という薬は火影以外誰も持たない薬だと聞く。
それとこの女の命が引換だと火影に伝えろ」

 今度はサクラの甲高い笑い声が森に響き渡った。

「馬鹿ね、そんなおとぎ話にしか出て来ないような薬の実在を信じるなんて。
もし仮にあったとしても、火影がたかがくのいち一人の命の為に取引に応じるとでも思ってるの」

 サクラはそう言うと突きつけられたクナイに自分の首を押し当て、刃の流れに沿って動かそうとした。
男がすんでのところでクナイを逸らした為、サクラの肩の辺りに一筋の傷ができ鮮血が零れる。

「このアマッ!」

 人質の思いもよらぬ反撃に激昂した男は、クナイの刃先とは逆の持ち手の先端部分をサクラの後頭部に振り下ろした。
鈍い音がしてサクラの身体が崩れ落ち、男がその身体を支える。
 サクラの身体はピクリとも動かないのでどうやら気絶したようだった。
男のクナイの刃先が常にサクラに向けられている為、ナルトとサスケはただ見守ることしかできない。
 上下していた男の肩が落ち着くと、再度2人に向かって男が言い放つ。

「いいか?取引に応じるのなら24時間後、この場所に深緋を持って来い。
少しでも不審なことをしてみろ、この女の身体が無事なまま返されると思うなよ。
分かったのなら、早く里へと戻って火影に伝えろ」

 男がクナイを持たない方の手で払う仕草をしたので、ナルトとサスケはその場を後にするしかなかった。
森にはまた夜の静寂が訪れた。




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