本作品は直接的ではありませんが性的表現がございますので苦手な方は閲覧を控えられてください。






それは夢のようにうつくしいしずかな朝






―――――うみの先生、うみの先生。至急、教員室までお越しください。

 アカデミー内に館内放送が流れ、男は立ち上がった。

「悪いな、サスケ。ちょっとこのまま待っていてくれ」

 向かいに座っているサスケに声をかけたイルカは慌ただしげに出て行き、サスケは一人書庫に残された。

 聴取役を元カカシ班にした綱手の案が功を奏したのか、サスケは聴取で一切の黙秘をすることもなく供述は仔細であった為、
里にとって協力的な姿勢であると判断され、サスケは復帰が許された。
 だが復帰にはいくつかの条件が発生した。
一つは写輪眼の制御を里が決めた第三者に任せること。
一つは当面の間、24時間体制で暗部の監視下にその身柄を置くこと。
そして最後に現場での任務復帰前にアカデミーでの再教育を受けることだった。
 里から出された条件を全て受け容れ、サスケは釈放された。

 抜け忍の再教育担当という誰もやりたがらない仕事を引き受けたのは、アカデミーでサスケの教鞭を執っていたイルカだった。
久しぶりに再会したかつての教え子にイルカは変わらぬ笑顔で「おかえり」と迎え入れた。
イルカの笑顔は安心感を与える、この男はつくづく教師向きなんだとサスケは実感した。

 2月の終わりのこの時期はちょうど卒業試験と新入生入学のそれぞれの準備で一番忙しい時期で、
日ごろ使っていない空き教室も試験に必要な道具や、新入生に配布する教材、道具の仮置き場になってしまっている。
その為、通常こういったことでは使われることのない書庫に2人は押し込められる形になってしまった。
 イルカはサスケに詫びを入れたが、サスケは元来そういったことを気にするような質ではない。

 いや、まだ行動に制限があるサスケには今の状況はかえって好都合だった。
立ち上がり、書棚の一角へと向かう。目当ての棚は書物や巻物ではなく色々な厚さのファイルが膨大に五十音順に並べられている。
さっと目を走らせながら足早に移動し、歩みを止めると一冊一冊のファイルのラベルを順番に目で追っていく。

 目当てのファイルは10センチぐらいの厚みがあり、書棚から抜き取るとずっしりと確かな重さがあった。
表紙を捲るとアカデミー卒業時に提出された忍者登録票が一番上になっている。
左上の写真には真新しい額あてを付けた下忍になりたてのサクラが映っていた。その笑顔は緊張のせいか心なし硬い。


 サスケが探していたのはサクラの身上経歴書だった。
下忍として登録されてからその忍が参加してきた任務や、受けた試験、取得した資格など全てが確認できるようになっている。
サクラの変化の原因はきっとこの中の一つにあるはずだ。

 ページを捲ろうとしたその時、

「サスケくん」

 思いもしない声がしてサスケの掌からファイルが滑り落ちた。
バサバサと音を立てて書類が散乱する。
 サクラは書棚の入り口に立っており、窓から差し込む夕日のせいで、桜色の髪も色素の薄い肌も任務服の上に纏っている白衣も淡くオレンジ色に染まっている。

「イルカ先生に今日はもう無理だから帰るようにって伝言を頼まれたの」

 床に散らばった書類を一枚拾うとサスケに視線を転じる。

「ねえ?いったい私の何が知りたいの?」

 悲しげに眉根をひそませた次の瞬間、サクラの整った唇に妖艶な笑みが浮かんだ。
その翠色の瞳の奥に昏い炎が揺らめく。

「ねえ、サスケくん。どうしてあの時わたしにキスをしたの?」

 落ちた書類の上をゆっくりと近づいてくる女から目が逸らせない。
間もなく沈もうとしている夕日が先ほどよりも濃く赤く彼女を染め上げている。
纏わりつく女独特の甘い匂いは地下牢での接触をサスケに思い起こさせた。

「そっか、そんなに私と寝たいんだ?」

 サスケの耳に顔を近づけサクラはまるで吐息を零すように小さく囁いた。白く細い指先が彼の硬い髪を器用に絡ませる。

「でも私は、サスケくんとはセックスしたくないわ」
「お前」

 サスケは目の前の女に呼びかけるがそれ以上の言葉が出てこない。

「口でするとみんな喜んでくれるの。それで許してくれる?」

 軽やかに遊ばせているが女の言葉には確かに毒が潜ませてある。
目の前にいるこの女はいったい誰なんだ?この女はこんなにも暗く口元を歪ませる女だったか?
サスケの頭に浮かぶ下忍の少女と目の前の女とが、うまく結びつかないでぶつかって空中分解する。

 柔らかな唇がサスケの耳たぶを軽く食んで首筋に口づけた。
髪の毛を弄んでいた華奢な手がサスケの心臓の上を通り越し、腰骨を撫で、股間にのびる。
布越しにサスケのそれを捕まえると淡い桃色の頭がゆっくりとそこへと近づく。

かちり

 ファスナーのスライダーを唇で咥えて彼女は上目遣いで挑発的にサスケを見上げた。

「や、めろ」

 一言絞り出すのがやっとだった。
女の淫靡な迫力にサスケは体を動かすことをまるで忘れてしまっている。
彼女の目線が下がり、頭が下がり、表情が見えなくなる。

ふっ、ふふ、あはは。

 彼女の肩が小刻みに震えくぐもった笑い声が響く。

「ごめんね、あんまりにもびっくりするから、からかいたくなっちゃった」

 顔を上げた彼女は下忍時代と同じように無邪気に笑っており、サクラのその表情を見て不自然に力んでいたサスケの身体も弛んだ。
柔らかな呪縛から解き放たれたかのような錯覚を覚え、サスケは居心地が悪くなり散らかした書類もそのままに書庫から出ようとする。

 その背に彼女からの声が飛んで来た。

「でも、サスケくんとセックスしたくないのはほんとうよ」

 サスケが振り向くと彼女はまるで何事もなかったかのように散らばった書類を拾っていた。




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